園だより

平成24年 5月の園長室便り

子育てはお年寄りの知恵を参考にしよう

 新学期を迎えて、各クラスとも落ち着きがありませんでしたが、給食試食会・保護者総会を終えて、
それなりに収まってきました。
 年少・年中クラスは基本的生活習慣である『衣服の着脱』、脱いだ洋服のたたみ方などを、
ミッキーマウスマーチのメロディーに合わせてつくった替え歌を歌いながら練習したり、
防災ずきんの使用方法を年長児を含めて練習しておりました。
 年長クラスでは、自分の頭巾を探すよりも、とにかく、手元にある大きめの本や
ランドバッグで素早く頭を保護することを話しました。
 阪神淡路の大震災や、東日本の大震災のような場合は、防災グッズを持ち出すのは時には
無駄になるという話は聞いておりますが、自分の身を守る術は、いろいろのことを想定して
心の準備をすることが生死を分けることになると思います。
上記の訓練も、素早く的確に行動することを考えに入れた指導です。
 話はかわりますが、先日、書類を持って神奈川県庁まで出かけました。
 一番右端の本庁舎から、目的の課である一番左端の学事振興課まで、
建物の4階にある渡り廊下を歩いて行きました。
 いつものように赤レンガ倉庫が見えるところで立ち止まり外を眺めました。
倉庫の前庭の、海寄りに5張の真っ白のとんがりテントが春の柔らかな日差しを浴びて並び、
その向こうに湖のような海が広がって、船がゆったりと進み、その先の岸辺にはビル群が
ひしめき合って並んでおります。
 眼下の道路に車や人が行きかっている様子がなかったら、まるで一幅の絵のように感じます。
中でも、そんな絵のような光景でひときわ目立っている美しい建物が左手にあります。
それは、落ち着いた若草色の帽子をかぶったクイーンと呼ばれる塔を持つ横浜税関の白い建物です。
 そして後ろを見れば、これも美しい白い線に縁どられたレンガ造りの
ジャックと呼ばれる塔を持つ横浜開港記念館があります。
 クイーンとジャックと言えば残りはキング、それが県庁の本庁舎の上に立っている塔でした。
廊下の反対側の窓際に立ち、身体をかがめ、首を横に倒して、なんとか塔を見ようとしたのですが、
そこからは、ほんの一部が眺められるだけでした。県庁の職員の方から、このあたりからは、
スカイツリーも見えると聞いたのですが、この日はそれほど視界が良くなくて探すことが
できず残念でした。
 皆さんも赤レンガ倉庫や、中華街、山下公園などに平日行くことがあったら、
一度はこの渡り廊下を渡ってみるのも良いかもしれません。
あるいは、この三つのタワーが一か所で同時に見られるスポットがあるそうなので、
訪ねてみてはいかがでしょうか。

 話は変わりますが、『私幼時報』5月号で、平野文部科学大臣の挨拶の記述の中に
以下のような記述がありました。
 『諸外国では、幼児期の教育の重要性に関する様々な研究が報告されており、
例えば、米国における子どもの追跡調査やノーベル経済学賞受賞者の研究によると、
経済的に恵まれない子どもが幼児期の教育を受けた場合は、受けなかった場合に比べて
14歳児の成績、高校卒業率、社会人になってからの平均収入比率は高く、
生活保護受給率や逮捕者の比率は低いことなどが明らかになり… (以下省略)』
というような記述がありました。
 幼児期の教育とは机に向かって勉強させると言うのではなく、基本的な生活習慣や
自立を促すための保育を指していると思います。
幼児期のそれらの育ちが最も大切なことは言うまでもありませんが、その前の乳児期、
絶対依存の時期(乳児の要求を察知してそれに応えることによって人を信頼する心が芽生え、
それをもとに自立が早まるという)のケアーもそれに負けないくらい大切なことだと思います。
 母親を含めて、絶対依存の時期、要求をすべて受け入れてあげたい乳児期に深い愛情を
受けないで育てば、人に対して不信感を持つ大人に育つ可能性が高くなるそうですが、
今、日本の幼児社会は子ども中心と言いながら、大人都合で子どもが育てられているようなところを
いろいろに感じます。
 『古きを尋ねて、新きを知る』ということわざがありますが、今、若いお母さんたちは、
育児書などの活字だけに頼らず、我が子たちを育て上げてきたお年寄りに生の子育ての話を
素直な気持ちで沢山聞く機会を持つことが大切だと思います。
つくし組、お給食の時間です。 たんぽぽ組、こいのぼりの製作です。 すみれ組、すてきなかぶとをつくります。

5月15日は遠足でした。あいにくの雨で、行き先はサマーランドになりました。 子ども達はプール遊びを満喫しています。 保護者の方やお友達と、楽しい時間を過ごしました。



平成24年 4月の園長室便り

新学期を迎えて

 今年は寒暖の差が激しく、嵐のような日も多くて、いつもの年のようには、気持ちよく春を受け入れられない
ような気がしている私です。
 そのような気分には関係なく、年長児を送り出してからの園内は、新入園児を受け入れる準備が
忙しく進められている様子に、新たな活気を感じる今日この頃です。
 今年の目標も、園児たちが次のことを身に付けられるように、職員全員で力を合わせて以下の保育を
心がけていこうと、気を引き締めております。

   自分で考え行動する力
   集団の中で自ら、皆の役に立ち協力しようとする力

 私たちが目指す子供たちの自立、集団の中でのコミュニケーション力を身に付けさせることを考えたとき、
ご両親や周囲の方々が、時には優しく時には厳しく、お子さんの将来を見据えた正しい愛情を注いで
いただきたいと思います。
 幼児期は、基本的生活習慣を身に付けさせることがとても大切です。
 基本的生活習慣とは、食事・睡眠・清潔・衣服の着脱・排泄等をいいますが、新入園児には、
園ではまず衣服の着脱・排泄のしつけから始めます。
 そして、全体では上記に加えて、次のことを目標に保育を行います。

   あいさつは明るく元気よく行う
   人の話はしっかり聞く
   人に迷惑はかけない
   命の大切さを、折にふれて伝える

 ご家庭では、お子様の園生活が充実したものになるように、次のことを心がけて下さい。
 早寝早起きをさせて下さい。できれば、8時前には寝かせて下さい。
 朝食は少量でも必ず食べさせて下さい。そのためには、早めに起こすことが大切です。
 遅刻をさせないで下さい。遅刻は心の緩みにつながります。
 子供たちの体力の低下が問題になって久しくなりますが、園でも、それを真剣に受け止め、
遊びの時はもちろんですが、身体を動かして体力をつけることも、常に心がけていきます。
4月11日は入園式。先生が大きな絵本を読んでくれますよ。 みんないっしょうけんめい聞いていますね。 あれ、あおむしさんがちょうちょになりました!

内郷幼稚園のおにいさんおねえさん、年長・すみれ組になりました。 年中、たんぽぽ組です。新しいお友達が増えてわくわくしています。 年少、つくし組です。ようちえんでたのしいこといっぱいしましょうね。



平成24年 3月の園長室便り

幸せを祈って

 『思い出のアルバム』の歌声、送辞や答辞の練習が始まり、それが、日々に上達していくにしたがって、
すみれ組の園児たちの登園日が少なくなっていき、数えれば、あとわずかな時間を残すだけになりました。
 この園で、子供たちに身に付けて欲しかった基本的な生活習慣、友達とのかかわり、お箸や鉛筆の正しい持ち方、
思い切り遊び真剣に物事に取り組む姿勢、そして廃品から何かを作り出す楽しさ(工夫することの楽しさ)、
その他、講師の先生やクラス担任を含めて、心の豊かさ等、将来役に立つであろうことを、いろいろなところで
目指しました。
 卒園と共にそれぞれの小学校に分かれますが、どの学校に行こうとも、新しいお友達と共に元気いっぱい
活躍してほしいと願っております。
 さて2月20日のこと、新町幼稚園の年長組は、当麻田小学校の一年生との交流を行うために小学校に
出かけていきました。
 体育館に招き入れられて、すでに待っていた一年生と交流が行われました。その日のテーマは、
昔遊びと校内探検でした。
 卒園生の顔にも久しぶりに出会ったことも懐かしくて、園児たちはそれぞれのグループの小学生に付き添われ、
皆仲良く用意された遊びに溶け込みました。
 羽根つき・お手玉・けん玉・おはじき・メンコ・百人一首を使っての坊主めくり・だるま落し等、
私にはどれも子供の頃に遊んだ懐かしいものばかりでした。
 小学生に教わりながら遊ぶ園児たちもとても楽しそうで、見る間に時間が過ぎてゆきました。
 昔遊びはお互いの親近感を生み、ふれあいを楽しみながら夢中になっている姿を見ていると、
子供たちが疲れきってしまうほど、このまま遊ばせてあげたいとつくづくと思いました。
 人はいつも向上心を持ち、できないと思われる夢を目指し次々に実現していきました。
そして留まることのない変化をし続けて現状を変化させていきました。
 今も現状では飽き足りないで、すごいスピードで変化していきます。
『ひと』ってなんでこんなに変化していくことが好きなのでしょうか?
そのような変化の中で、先日の新聞を見たときに、基本に戻ろうとしているのを感じました。
 今社会が求めている人は、発想が豊かであり、コミュニケーション力が優れていて、
読解力のある人だそうですが、昔もそんな人が求められていたように思います。
今大学の卒業論文もパソコンからデータを集めて切り貼りで出す人が圧倒的に多いそうですが、
子供の時からゲーム等に明け暮れ、メールに夢中になり、活字離れをして過ごした人たちには、
それを身に付けるのは容易なことではないような気がします。
 半世紀以上前にテレビなどが普及する以前、車の事故を心配することもない時代に育った子供たちなら、
ひとりでに身に付けていたはずです。
 今のようなきれいなおもちゃはなくても、自分の力で空き箱や布きれを利用してお人形や欲しいおもちゃを作ったり、
あるいは仲間同士で遊びを考え、木登り、川遊び、泥んこ遊び、チャンバラ、草原や路地裏、
あたり一面が遊び場で、体いっぱい動かし、薄暗くなるまで子供同士で遊び続けました。
子供同士の遊びには、大人の介在はほとんどありませんでした。
 あるとすれば、ボールなどで、窓ガラスを割ってしまったり、他人の家の柿の実などを失敬しているところを
見つかったり、弱いものいじめをしているときに通りがかりの大人に叱られたりするたぐいのことだったと
思います。
年上の子や年下の子と大人の干渉があまりなくて遊べた、それでいて周囲の大人たちに見守られていた、
そのような子供の世界で将来に役立てるための社会性を身に付けていきました。
 もちろん、今を昔に返すことなど不可能ですし、ゲーム機や携帯なども、友達の交際のために必要なものかも
しれないから、子供たちから取り上げることはできないと思いますが、昔を振り返ってみることは、
今の時代、とても大切なことです。
 世の中がどんなに変わっても、幸せになりたい、子供たちが健康で幸せな人生を送って欲しいと願う母心は、
これからも変わらないでしょう。
 人はお互いに寄り添い助け合うことができる世界がなければ幸せな生活は程遠くなると思います。
困っている人たちのために何とか役に立ちたい、人に迷惑をかけないようにしたい、幸せへの道は近くなるはずです。
 そのためには、心と体の健康が大切ですね。
 日々の規則正しい生活を守り、なによりも早寝・早起き・朝ごはんを心がけ、お子さんが小学校に通い始めたら、
まず、連れてくるお友達を大切にしてあげて下さい。
 さまざまに便利すぎる世界にいる私たちですが、便利さや物だけでは、すべての人が目指すであろう
幸せな社会を手にするのは難しいでしょう。
それは一人一人の胸の内に住むもので、本人が感じることだと思います。
 幸せは、おかげさまでとか、ありがとうございますとか、謙虚な気持ちのなかにあるものだと思います。
 周囲の大人が、後姿(自らの行動)で子供たちに示していって欲しいと願っております
つくし組さんのひなまつり製作。まるくてかわいいおひなさま、先生、じょうずでしょう? たんぽぽ組さん。おひなさまのお顔が上手にかけました。 すみれ組さん。この後、みんなで楽しいひなまつり会をしました。

3月16日、年長すみれ組のお友達が幼稚園を巣立っていきました。 答辞の声も大きく、はっきりしていて、年長さんとしての成長が感じられました。 在園児からの花束贈呈。お兄さん、お姉さん、卒園おめでとうございます。



平成24年 2月の園長室便り

地震について

 大寒の入りを待たずに極寒の日が来て、そのまま寒い日が続いておりますが、
皆さんのご家族の体調はいかがでしょうか。
 園内では内郷・新町共に、寒くて身震いするような日でも、半袖に短パンの体操服姿で過ごす
子どもたちがいて、その元気の良さに楽しくなります。
 さて、今月の25日に『神奈川県私立幼稚園の教育研究大会』で研修があり、出席しました。
午前中はアレルギーについての記念講演が行われ、午後からは各分科会に分かれての研修でした。
 私は危機管理についての講演を聞きました。講師は、福島県の幼稚園協会長でした。
内容は、災害にあった幼稚園や園児のことが中心でしたが、その先生が実際に体験なさったり、
視察をなさったことを、穏やかな口調で話される様子や、パネルに映される写真などを見ながら、
災害に会われた方々の苦悩が推察されて、深く胸に沁みました。
 特に原発の風評被害には苦しんでいるというお話でした。
世間では、立川断層が危ないとか、伊豆地方に大地震が想定されるなど、
身近に起こるかもしれない事柄を思うと、私には人ごとには思えません。
 内郷・新町両園でも、もちろん避難訓練を行っておりますが、
もっと見直さなければいけないと感じました。
例えば、実際に大地震が起こったとき、教室にいるとは限らないのですから
自分の防災ずきんを取りに行く間もないでしょうし、被っている間も危険かもしれません。
一刻を争うときにどのように対処すればよいのか、早急に職員間で話し合いをする予定です。
ご家庭でも、いざというときにどのような行動をとったら良いのかを、
家族間で話し合っておきたいですね。
 話は変わりますが、先日、阪神大震災からちょうど18年目を迎えたという報道がありました。
 あの日、皆さんはどこでそのニュースを聞いたでしょうか?
 私はちょうど出かける支度をしながら、7時丁度にNHKのスイッチを入れました。
そこに、アナウンサーの緊迫した声が地震のことを報道しておりました。
 「阪神方面に地震が起こり、4~5人の死者が出た模様です。」
 その時点では、あれほどの大変なことが起こっているということなど予測しませんでした。
 習志野市の知人の家にでかけて、お茶を飲みながら、そのことが話題になりました。
「ちょうどその時期に、枕元に吊るしてある貝殻細工が触れ合って、チリンチリンと、
かすかな音を立てたので、どこか隙間があって風が吹いていたのかなと思ったのだけど、
どこにもそのような様子はなかったのよね、地震の影響で揺れたのね。こんなことは初めてよ」
そして夕方に家に戻って、あの大惨事を知りました。
 そのようなことがあって間もなく、地震の渦中にあり、かろうじて命拾いをした人に出会いました。
 その日の前日、彼女はご主人の出張先である神戸の借家で過ごしていたそうです。
息子さんも、たまたま夕方にやってきて3人で食事を済ませ、
ご夫婦は一階のベッド、息子さんは二階の部屋に分かれました。
 夜明けの地震が起こったその時間、一瞬のうちに家の一階部分が崩れ、二階部分が覆いかぶさりました。
 外から、息子さんの必死に両親を呼ぶ声が聞こえてきました。
 二人は二階部分の下敷きになっていたのですが、たまたま、ベッドのヘッドボードと
フットボードが落ちてきた材木を支え、二人は床板との隙間にすっぽりはまったのだそうです。
「今助けを呼んでくるから頑張っていてよ」、
という声と息子さんが駆けていく足音が遠ざかっていきました。
 「お父さん、これで最後かもしれないから・・・いままで ありがとう」というと、
それには答えず、「無駄に体力を使うなよ、助けが来るまで黙っていろ」というご主人の声に、
うん、と答えると彼女はいつの間にか眠ってしまったそうです。
どのくらい時間がたったのか、やがて何人かの男性の話声がして息子さんの呼ぶ声が聞こえて、
間もなくその隙間から引きずり出されたということでした。
 二階が崩れたのはほんの一瞬でなすすべもなかったそうです。
 壁際においてあった茶箪笥が、形は残っているのに、後ろの板が家の壁ごと抜けて、
砕けてあるはずの食器類のかけらが、全く見当たらなかったことが後々までも、
とても不思議だったということでした。
 いろいろの人の体験談から、災害に限らず、いざというときは的確な判断と落ち着いた行動が、
生死を分けることが多々あることを改めて実感しました。
つくし組の節分の製作です。鬼のお面と豆入れを作りました。 たんぽぽ組は豆入れも鬼の顔です。 すみれ組は紙袋を利用してすっぽりかぶるようになっています。

豆まき会。鬼さんに豆を投げます。あんまり強いと かわいそうですよ。 全園児で楽しくお買い物。すてきなアクセサリー、どれにしようかな。 おだんごはいかがですか? たくさん種類がありますよ。



平成24年 1月の園長室便り

私の迎春

 暮からお正月にかけて今年も穏やかな天候に恵まれました。
 保護者の皆様のご家庭では、良きお年を迎えられたことと存じます。
 さて、新年を迎えた5日に、私は友人と浅草寺の裏手にある『平成中村座』に
歌舞伎の新春公演を観に行きました。
 歌舞伎にはなんとなく縁がなくて、子供の頃、一度だけ歌舞伎座に行ったことがあるだけでした。
幼馴染と出かけるということでとても楽しみにしておりました。
 当日は多少の風邪気味で、公演中に咳き込んだらいけないと思って、のど飴を持つのだけは
忘れないようにしました。
 上野駅から循環バスに乗り込み、途中の商店街を走り抜けるとき、今話題のスカイツリーが目の前に現れて、
その建物が次第に大きくなっていくのをバスの正面の窓からしばらく眺めておりました。
雷門で降りて人波をぬいながら、まずは浅草寺にお参りして、賽銭箱の辺りに入れそこなったらしい小銭が
落ちているのを、いくつか拾って箱に収めたりして、目的の建物に向かいました。
 出し物は、『義経千本桜』『身替座禅』『雪暮夜入谷畦道』というものでしたが、
どれも、そのあでやかさと芸の素晴らしさに魅了された時間でした。
『義経千本桜』はたまたま読みかけていた本にその話が少し載っていたので、一番興味を持って鑑賞しました。
 この演目は、静御前と義経の別れの場面から始まるのですが、この話はあまりにも有名なので
ご存知の方は多いと思います。
読みかけた本では千本桜の話と共に書かれていた浄瑠璃姫の話に興味を惹かれました。
 この名はのちに『浄瑠璃』と呼ばれる芸能の元になった名前だそうです。
 この姫は、鳳来寺というお寺の申し子(神様にお願いして授かった子)で長者の娘として生まれますが、
14歳の時、当時15歳の義経と束の間の恋に落ちました。
まだ名もない時代の義経を、いやしい身分の男としか思わぬ母親は、
身分の高い男性と結婚させようとしていた娘が、そのような男に夢中になって後を追うのに激怒して、
家から追い出してしましました。
姫はたった一人の侍女を連れ、さすらいの旅に出るが食べ物にも事欠く生活をしていましたが、
ついには義経恋しさのあまりに身を川に沈める、という悲しい物語です。
 ひたすら神に祈って得た一人娘を、自分の意に添わなかったことで家を追い出す母親の心も、
現代人には理解できない人は多いかも知れませんね。
 浄瑠璃姫の母親の、たとえ身を切られるよりも辛いことでも、しっかりけじめをつけることのできる人の凄さを
感じます。
浄瑠璃姫に比べると、静御前は、義経と別れた後、頼朝に捕らわれて鎌倉に連れて行かれて、
舞を舞うように強要され、命を懸けて義経を恋しがる歌を詠みながら舞ったという気丈な女性です。
 それにしても、兄の頼朝の怒りに触れ、東北に逃げる義経に従ったという正妻、
静御前という白拍子の舞の名人、そして浄瑠璃姫、後世に名を残す二人の女性、
命をかけて義経を愛した女性たちの悲劇的な生涯を思うまでもなく、これほど永い歴史のなかで愛される
義経という男性はどれほど魅力的な人だったのでしょうか。
人混みから抜けて家路に急ぎながら義経像を思い描いておりました。

 話は変わりますが、今年の年賀状の一枚に、東北大震災の影響で被害を受けた友人からのがありました。
 十年あまり前に長男を亡くし、その二年後にご主人を亡くし、二男は東京に就職したので、
ただ一人高萩に残って、家と墓を守っていた彼女を今度は震災が襲い、家を失くして今アパートに暮らしております。
 その賀状には、剣道の防具を身に付け、きりっと正面を見据えている彼女の写真がありました。
その横顔が『大丈夫、私は挫けないからね』と、力強く私にメッセージを送っているようでした。
ご主人が生前に、お前は全く子供でなにもできないのだから、と言われていた彼女が、
こんなにもりりしく立ち上がろうとする意志をこの賀状に込めているのだと思うと、胸が熱くなる思いでした。
彼女は、静御前型の女性なのでしょう。
 そして今年の『紅白歌合戦』は、用事をしながら見たり見なかったりしていたのですが、
グループでの出場が多いのと、若い人たちの達者なダンスと踊りながら歌う器用さに感心しました。
被災地への応援メッセージが各場面にあふれていて、このようになに不自由なく大晦日を過ごしている自分に
申し訳ないような気持ちがよぎったり、複雑な思いがありましたが、とりあえずは、最後に歌ったスマップの、
会場をまきこんでのステージに満足して新年を迎えました。
ちなみに、紅白の視聴率は、スマップが最高で、最低は森進一だったそうで、スマップより森ファンの私は、
ここでも時代を感じました。
朝のラジオ体操とマラソンの後、体力づくりをしています。 つくし組はジャングルハウスを登ります。 たんぽぽ組はうんていを使って。

むこうまで渡りきれるかな。 すみれ組は鉄棒にぶら下がったり、飛び上がって前回りなど。 けんけん、ぱー、うまくできるかな。すみれ組のお友達です。



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